BACK
Krieg fur Freiheit.
〜自由の為の孤独な無血戦争〜
Ein:Flug〜成り行き上の逃走〜
−追われている。
−だから、逃げている。
初夏の午後、夕暮れ時。薄暗い路地裏には蝉の鳴き声が響いていた。
「こっちだ!」
少年は少女の手を引き、狭い路地裏を右へ左へと複雑に走る。
何故、逃げているのか。何から逃げているのか。理由はわからない。
ただ、追われているから逃げている。本能が“逃げろ”と命じるままに身体を動かす。どのくらいの距離を走り続けただろう。時間間隔はとうに無い。さすがに少々、疲れてきた。
「ど、どこまで、逃げ、るの?」
手を引かれ、半ば引き摺られる様に走っている少女が息も絶え絶えに問い掛ける。
「わからない。取敢えず奴等を撒く。細かい事はそれからだ。」
路地をさらに左へ曲がる。
!?
行き止まり。
行く手をブロック塀と雑居ビルの群れに阻まれ、後ろからは足音が近づいてくる。
「ちっくしょう!!」
立ち塞がるブロック塀を殴りつけ振り返る。
丁度、追いついたビジネススーツにサングラスという微妙なスタイルをした男達が現れた。
「少年、その娘をこちらへ渡して頂けないかな?」
『小柄な』と言うよりも背の小さい男が数歩、前に進み出る。
「お前達は何者だ。何故、この娘を追いかける。」
少女を背に隠す様に前に出る。正直、恐怖で足が震えている。
気取られないよう必死に堪えても、声が震えている。
「これは失礼。私、白鳩バイオ・テクノロジー開発部チーフ“山淵”と申します。以後、お見知り置きを。」
人を小馬鹿にしたような会釈が癇に障る。
「その少女は当開発部の重要なスタッフの1人でしてね、その娘がいないと業務の進行に大きな影響が出るのですよ。」
山淵と名乗る男がゆっくりと近づいてくる。
「さあ、レイ。こっちへ来るんだ。」
山淵の右手が差し出される。
『レイ』と呼ばれた少女が少年の背後に隠れるように後ずさる。
明らかな拒絶。
山淵やれやれといった風に軽く頭を振った。
(どうする?逃げ道は・・・)
正面はスーツの男達で塞がれている。背後は塀、相手は6人。
(流石にこの人数相手じゃ逃げるのは難しいかなぁ)
進退窮まるとはこのことかと諦めが顔を覗かせるのを少年は思考を巡らせることで何とか押さえ込んだ。
ぶおんっキュアァァァアア!!
「ん?」
明らかに場にそぐわないエンジンとスキールの音。
男達は一斉に振り返る。
(今なら、行けるか?)
逃げる意思はあっても足の震えが行動を妨害する。
(くっ、情けない。)
キュアァン!!
盛大なスキール音と共に真紅のスポーツカーが躍り出た。
身の危険を感じた男達が飛び退き、その直後、スポーツカーは滑る様に男達の前を通り、少年達にぶつかる寸前で停止した。
「3代目!乗って下せぇ!!」
薄暗い住宅地を真紅のスポーツカーが軽快に走る。
フルオープンにされたルーフからは少し冷たくなった風が豪快に流れ込み、少年に抱きかかえられる状態を余儀なくされたレイの髪が纏わりついた。
警察に捕まらないことを強く願いながら少年は髪から逃れるように空を見上る。
日の落ちきらぬ空は暗い朱に染まっていた。
「いやぁ、無事で何よりでさぁ。」
がっはっはと笑いながら真紅のスポーツカーを駆る巨躯の男が笑う。
「何故、僕があの場所にいるとわかった?」
高速で流れる風景を眺めながら問う。
「あっしの3代目への愛故に成せる業でさぁ。」
ニヒルな笑いを気取った顔でグッと親指を立てた拳を突き出し、男はナビシートの少年と少女を見た。
「頼むから、狭い住宅路を120キロで走りながら余所見するのはやめてくれ。」
少年は安堵と呆れから深く溜息を吐くとシートにスッと身を沈めた。男は厳つい風貌からは想像し難い穏やかで優しい眼で少年を見ると視線を前に戻した。
キィッ!
「着きやしたぜ。」
男の声で少年は目を覚ました。
暴走行為も甚だしい速度で走っていたスポーツカーは大きな木造の門の前で停車していた。
「ありがとう、唐松さん。とりあえず今度からは100キロ超えのドライブは遠慮したいな。」
少年は苦笑雑じりに言うとスポーツカーから降りた。
唐松は2、3度エンジンを吹かすとロケットスタートよろしく走り去っていった。
「そもそも、2シーターに3人ってのに無理があるよなぁ。まぁ、これで一安心・・・かな?」
呟きつつ風で髪型がグチャグチャになったレイを見る。
こっちはこっちで豪快に車酔いしたらしく道路にへたり込んでいた。
門をくぐればそこは和豪邸だった。
太い松の木が植えられ、玉砂利の敷かれた高級料亭のような道を慣れた足取りで歩く。
距離にして200メートル弱。日本古来の造りの家屋の玄関先には唐松に負けず劣らず厳つい風貌の男が3人、微動だにせず立っていた。
「3代目、お帰りなせぇ。」
巨躯から発せられる低い声が少年を迎えた。
BACK